実に気ままなブログ
Amebaでブログを始めよう!

●6月~サプライズ男~

●6月


6月は試験が3つあり、いよいよ1次のピークが来たという感じだ。

11日:国税専門官、18日:国家Ⅱ種、25日:川崎市


そんなさなかの9日、都庁の1次合格発表。

半々だと思っていたので、ドキドキしながら待っていた。

ネットで合格者の番号を見る。



・・・ない。。。



うわ~いきなし落ちたか。きついな。

○○○96ならあるのになぁ・・・惜しい。(○には数字が入ります)

自分は○○○69だし・・・。

家族とか友達に何て言ったらいいのか。。。

「次頑張るわ」としか言えないなぁ・・・。


と思いつつ、一応自分の受験号を受験票のコピーで確認。



○○○96



ぅぅぅぅぇぇぇぇぇぇぇぅぅぅぅうかってる!!!!



なんと思い違いで合格してました。

この時外にいたんですが、さすがに軽く「よしっ!」って言って

しまいましたね(笑)

初めて「合格」出来たこと、これが何より嬉しかった。

これで気持ちよく6月の3つの試験を受けることが出来た。

●5月~価値ある「1敗」~

ずいぶん放置してしまいました。

どうもすいません。

思い立ったときにまとめて書かないと書けないみたいで・・・。

では、続きを書いていきます。


●5月

都庁の試験が終わり、若干気が抜けていたときにやってきた

国立大学法人の試験。

他の試験とは違い、教養試験一発勝負の試験だ。


もちろん、試験に受かり、面接に進むことがベスト。

だが、この試験は負けてもいい、とも考えていた。

何故か。それは、この試験に負けることにより、6月にある

試験(特に、川崎市)に対し危機意識を持てるから。

負けてもいいと思っているのに危機意識とは一見変な話だが、

「国大法人は負けてもいいが、6月の試験は絶対に負けられない」

という意味で・・・。


結果。

出来は5割~6割くらい。

終わった瞬間に不合格を確信した。1ヵ月後、実際に不合格が判明。

負けてもいいと思っていたので、全くがっかりはしなかった。

それとともに、6月の試験は必ず全勝する、と強く思った。


ここで、思いもよらず1つ大きな課題が見つかった。

それは、判断推理の学習の甘さ。

感覚で今まで解いていたが、ある程度パターンがあるようだ。

せめて基本的なパターンは身につけておこうと思ったのが後々

効いてくるのでした。


しかしあの試験受かった人はすごいと思います。。。

自分はあと100年やっても無理でしょう。


5月~入校~

●5月

都庁の試験が終わり、「筆記対策」は一段落したと感じた。

この試験が終わったら、しようと思っていたことがあった。

それは、「職業訓練校」への入校。


理由は2つあった。

①僕は自己都合で退職(正式に退職したのは4月)したので、

3ヶ月経たないと失業保険がもらえない。しかし、職業訓練校に

入校すると、その日からすぐに失業保険がもらえる。

これからの公務員試験での関東遠征のことを考えると、

失業保険がどうしても必要。


②前職で、パソコンスキルの必要性を痛感した。職業訓練校の

中にはパソコン(Word、Excel、Powerpoint、Access)を専門に教えてくれる

講座がある。資格も取得出来るようなカリキュラムらしい。

普通なら高いお金を払って受けるような講座を、お金を

もらいながら受けられる絶好の機会は今しかない。


この講座が始まるのも、都庁の試験が終わったすぐ後の5月9日から

というのもタイミングがすごくいい。しかも、10時~17時だから

夜に勉強することも十分可能。

というわけで、入校させてもらうことにした。


この講座には、自分と同じように前職を辞めて来ている人が20人くらいいた。

年齢層も、20代~60代と幅広い。とにかく、個性的な人揃いだった。

この講座で一番良かったのは、もちろんWord、Excelに関して上級資格が

取れるほど身についたというのもあるが、それ以上に、

他の人達の前で話す機会、そして他の人が自分達の前で話しているのを

聞く機会が多かった

ことだと思っている。


この講座では、定期的に就職活動状況の報告、そしてPowerpointやホーム

ページビルダーで作った作品の発表の義務が1人1人に与えられる。

つまり、模擬面接の機会が頻繁に与えられているということであり、かつ、

他人の発表を聞いて、良いところを自分の中に取り入れる機会が

与えられている

ということだ。

これはとても公務員試験の面接に役立った。

もし、この機会がなかったら、自分の面接はもっと違ったものになったかもしれない。


「お金では買えないものがある」というが、

「お金をもらいながら、買えないものを買った」気がします。

この講座と縁があったことに、感謝します。


5月~「これかなぁ。。。」に思う~

●5月

第1週、東京都庁の試験を受けにいった。

久しぶりに、東京に戻ってきた・・・。

大学受験の時を思い出した。

あのときは、周りの雰囲気に乗せてもらっていた感がある。

今回は1人。1人でやらなければならない。


でも、あの時も今回も、変わらない思いがある。

「やることはやった。あとは、本番を楽しむだけ」


結果は・・・

教養択一 30/40 

専門択一 31/40

教養論文 テーマ:「ニートとフリーター」 対策はしていた。

専門論文 財政学(直接税と間接税)を選択。選択せざるを得なかった。


択一は問題の難しさに愕然とし、専門論文は経済学の論述でこの中から

出るであろうと予想されているテーマ(30題程度)について書けるようにして

おいたのに、全く見たこともないテーマが出題され、愕然。急遽、財政学に

変更するものの、知ってることをとにかく書いただけ。

因みに、模試で受けた都庁・特別区、本番の特別区・国税専門官の試験では

実際にこの中から出ていただけに、やはりイレギュラーだったと思われる。


結果、択一は「これかなぁ。。。」と思い選択したものが結構あたっており、

予想をはるかに上回る高得点だった。

「これだ」と思い選択したものは少なかったように思える。

「これかなぁ。。。」に救われた感がある。


しかし何より、都庁は論文の配点が高いので、論文の不出来が気になる

ところだった。なんだかなぁ。

まあ、終わったことは仕方がない。次頑張ろう。


都庁の試験は、決して「楽しめる」ものではなかった。

しかし、学んだことがある。

「苦しい中でこそ、自分の感覚を信じること」

問題が難しいのは皆にとって同じはず。

その中で、出来る問題を落とさずモノにしていくこと。

それには、自分の感覚を信じること。

「これかなぁ。。。」という感覚は、あやふやなものではあるが、今回正解を

導いてくれたように、自分の中では頼りにしていいものなのかもしれない。


この経験が、特に6月の試験で生きたと思う。

自分の感覚を信じて、自信を持ってマークすること。

試験中に、良いリズムを生み出すことが出来るようになった。

4月~確信~

●4月

4月になって、初めて模擬試験を受けた。

模試を受けたかったのは、結果はともかく、本番での試験でどのように

時間配分をするかということについて、慣れておきたかったからだ。

とはいっても、多くの模試は既に実施済だったので、バックナンバーを

自宅で時間を計り、受験するという形で。

5月に都庁・東京特別区の試験があることもあり、都庁型・東京特別区型の

試験のバックナンバーを購入し・時間を計って受験した。

ここで初めて、「相対的な」自分の位置がわかった。

傲慢に聞こえるかもしれないが、「1次試験はいける」と思える成績を残せた。

ただ、これはあくまでも「バックナンバー」なので、実際にリアルタイム(?)の

模擬試験で勝負して、結果を残さないと・・・そう思った。


そして4月第2週。初めて、リアルタイムで都庁型の模試を受けた。

場所が場所だけに、受験者は僕を含めて2人。最後には、僕1人だけだった。

本番の雰囲気があまり味わえなかったのはやや不満だったが、仕方ない。

しかし実際受けてみると、バックナンバーのようにうまくはいかない。

とにかく、時間が全く足りない。勘でマークしたところ多数。

これがリアルタイム模試の緊張感か・・・。


都庁の試験は、択一教養・択一専門・専門論文・教養論文という構成。

特に、後者2つの配点が高い。

4月に入って、初めて論文の対策をした。

とはいっても、専門論文はヤフオクで購入した経済の論文対策本を、

教養論文は市販の対策本を読んだのみ。

論文に不安を抱えて模試を迎えることとなった。


結果は、意外なものだった。

択一教養・専門とも成績優秀者一覧に載り、専門論文もそのランキング入り。

教養論文は平均的だったが・・・。

素直に嬉しかったが、逆に怖い、とも思った。

模試でうまく行き過ぎた人は、本番で失敗する・・・と聞いたことがある。

今の自分は、それにあてはまっているのではないか。


数日考えて、僕はこのように考えた。

「確かに、今の自分はうまく行き過ぎている気がする。でも、まだ1ヶ月ある。

自分は、まだまだ伸びることが出来る。それに、教養論文がうまくいかなかった

ということは、『全然ダメだよ、もっと頑張れ』ということかもしれない。

もっと頑張れば、十分合格ラインにいることが出来るはず」

自分に、5月最初の都庁の試験をのりきれる「確信」が生まれた。


「確信」は「驕り」とは違う。僕は、これに常に気を留めていた。

「確信」があるからこそ、それを本当にするために努力しなければならない。

努力しない人は、そこで終わってしまう。

この「確信」を持てた日から、僕はもっと努力出来た気がする。


同時に、もう1つ考えなければならないことがあった。

それは、「4月最終週にある国家1種を受けるか否か」。

国家1種は、公務員試験の中でも最高峰に位置付けられる試験。

本気で受ける人も、力試しで受ける人も、多くの人が受ける試験だ。

今の自分の実力を測るためにも、受けたいという気持ちはあった。

でも・・・「国家1種受けて、その後どうするの?」

○○省、○○庁。響きはいいかもしれない。

でも・・・それって本当に自分が行きたい場所なのかな?

たとえ力試しだとしても、それを受けるなら、その1日を他の試験のために

充てた方が自分にとっていいんじゃないかな?


僕は、国家1種を受けなかった。

これは、正解だったと思っている。

とにかく、自分が受かりたいと思っている試験のために全力を注ぐべき。


そして4月が終わり、「1次は突破出来る」という確信を持ったまま、

5月を迎えることとなった。

いよいよ、公務員試験本番が始まる。

3月~公務員試験へ~

●3月

退職を考えると同時に、僕にはこういう思いがあった。

「公務員試験に挑戦したい」

きっかけは、昨年9月に行った団体保険の販売実習だ。

この実習で、僕は福島の市役所へ行った。

そこで実際に仕事をしている市職員の方々の姿を見た。

市役所の仕事は「お役所仕事」というイメージがあったが、

実際はかなり違い、職員の方々はアクティブに仕事をしていた。

そして、間違いなく人の役に立つ仕事を皆している。

熱心な人も多い。

また、生き生きとしているのも印象的だった。

とにかく、心を打たれる体験だった。

もし、今違う仕事が出来るのなら・・・こっちのほうが自分に

合っているのではないだろうか?

もちろん、部署によってはハードなところもあるだろうけど、

それはずっと続くわけではないし、そもそも1年間、7時-21時(+仕事

持ち帰り、またはこれより遅くなる場合もしばしば)の職場を経験して

きたわけだから対応出来ないということはないはずだ。

何より・・・将来のことをいろいろ考えると。


この体験が強く印象に残っており、公務員を目指すことを決めた。

では、何を受けるのか?国家or地方?

正直、2月終わり~3月初め(ちょうど、勉強を始めたあたり)はほぼ知識が

なかった。(受けようと思っていた市役所以外)日程も知らなかった。

いろいろ調べて、以下の試験を受けることにした。

4月:国家Ⅰ種(第5週)

5月:東京都庁(第1週)、国立大学法人(第3週)

6月:国税専門官(第2週)、国家Ⅱ種(第3週)、川崎市(第4週)

7月以降は状況に応じて。

たくさん受けられると思っていたが、6月第4週の地方上級は道府県庁、

政令指定都市が一斉に試験を行ない、その中から1つしか受けられないと

わかった。

はじめから川崎市を選ぶつもりだったのだが、まさかこの選択地が自分の

行く先となってくれるとは。。。

何故川崎市を選んだかについては6月について書くときに触れます。

そして試験勉強に着手したわけだが、予備校は模試と面接以外使わなかった。

金がない択一と論文なら、独学で行けると勝手に判断して・・・

まずはヤフオクの「○冊まとめて販売!」(確か50冊くらい)という出品を格安で

落札し、足りない科目については、本屋で買いにいってそろえた。

これで、準備完了。

さて、時間もない中、どうやって勉強していくか。

大概の試験は、1次試験で択一(と論文)が出題されるので、まずは択一を

勉強することにした。

公務員試験の択一は教養と専門があり、やたらと科目数が多い。

例えば、最初に受けた都庁は、教養12、専門11もある。

そこで、基本書を読んでいる時間など余裕でなかったので、早速過去問題集

から取り組むことにした。

今思えば、これが良かった。

何故かというと、公務員試験の問題は過去問から似たような問題が出題されて

おり、過去問さえマスターしておけば大体の問題に対応できるからだ。

1問1問、解説を丁寧に読み込むことに集中した。

ここで前職時代に養われた集中力が役立った。本当に役立った。

加えて、僕は公認会計士試験を経験していたために、経済系の問題に強かった

のも幸いした。

公務員の試験、特に専門は経済系の問題のウエイトが結構大きい。

勉強しておいて良かったと本当に思った。

とにかく3月は時間がない、と必死に勉強。

3月中に、全科目一とおり以上は過去問を終わらせることを目標にした。

とはいってもそんなに長時間もつようなタイプではないので、たまには

息抜きも・・・。

僕は昔からゲームセンターの音楽ゲームが好きで(とはいってもそんなに

頻繁に行くわけではないが)、気分転換に行くことがあった。

社会人になってからあまり行かなくなったが、こういう機会なので行ってみた。

一番得意なのは「ポップンミュージック」で、ほぼこれしかやらなかったのだが、

ちょうど「ビートマニア」の最新作が出たこともあり、やってみた。

これは、はまるはまる(笑)曲も良い曲が多い。

結局、勉強→音ゲー→勉強→・・・を繰り返し、3月は過ぎていった。

このリズムは、非常に自分にとって良かった。

あとは、繰り返しになるが前職で得た力があまりにも大きい。

前職、というかあの職場のあの環境を経験していなかったら

間違いなく無理だったと思う。

3月~決心~

●3月

支社を離れ、実家へ戻った。

疲れきっていた心身をともにリフレッシュすることが出来た。

そのおかげで、いろいろと考えることが出来た。

この1年のことと、これからのこと。

この1年のこと。

逃げ場もなく、ひたすら辛い毎日だった。

同期などに相談すれば良かったのかもしれない。でも、出来なかった。

もはや、相談する気にもならなかったのだと思う。今から思うと。

友達や後輩から「病んでる」「ちょっとおかしい」と言われるようになった。

大学からの付き合いだが、こんなことを言われたのは初めてだった。

その頃はそうかなぁ・・・と思っていたが、やっぱりそうなのだと思う。

これに関しては個人的に迷惑をかけて申し訳ないと思う人がいる。

もちろん、何も得なかったわけではない。

特に、集中力が飛躍的に伸びていた。

毎日、ミスの許されない状況の連続だったから、嫌でも集中力が身につく。

これが、公務員試験を突破できた最大の理由だと思っている。

あとは、責任感チームワーク力(?)も大いに身についたと思う。

なんか面接みたい・・・

そして、これからのこと。

1年支社にいて、本社に行った後、自分が支社でするであろう

仕事の内容がわかった。

そしてなにより、実際に自分が経験するであろうキャリアを

積んできた人を見ることが出来たのが大きい。

その人(以下、課長)とは仲がよく、一緒にお互いが好きな○将に

仕事後よく食べにいっていたのが良き思い出。

課長は、仕事も出来るし下っ端の僕のこともよく気にかけてくれて、

とても尊敬出来る人だ。

でも、その仕事のためにあまりにも大きなものを犠牲にしている

ことに僕は衝撃を受けた。

詳しくは書かないが、自分は絶対に犠牲にはしたくない。

仕事も大事だが、仕事以外のものも大切にしたい・・・。

以前に先輩と冗談で、「今辞めても大丈夫ですかね~」とその課長に

言ったことがある。

するとその課長は笑顔でこう答えてくれた。

「まだ若いんだし、全然やりなおしがきくよ」

「何いってんだ~」という言葉が返ってくると思っていたので、この言葉は

本当に意外だった。


そして今回、本当に辞めようと思っていると課長に相談した。

返答は、やはり同じだった。

今でも、その言葉は印象に強く残っている。

実家にいる間、支社のいろんな人から電話をもらった。

声を聞いているだけで、涙が出そうになったこともあった。

この1年、辛いことばかりだったけど、本当に尊敬する人達とも出会えた。

この人達とまた一緒に仕事がしたい。心からそう思えた。

でも・・・自分のことだし、これから自分がどうなりたいかなんだ。

そう考えると、あの会社に残るという選択肢はなかった。

加えて、後で話す「公務員になりたい」という気持ちも強くなっていた。

この気持ちが、実質的に辞職をした理由といえる。

3月初め、僕は会社を辞める決心をした。

実家に戻っている間、あの上司からの電話は一度もなかった。

彼にとって、僕なんかより心配なことはたくさんあるのだろう。

これが営業職員さんなら、電話するんだろうな。間違いなく。

内勤職員1人減るより、支社の営業職員1人減る方が

重大問題だもんね。あなたにとっては。

辞める決心を電話で上司に伝えた。

「俺は引き留めない。俺に事前に相談しなかったから

引き留めはしない」

まあ、予想通りの回答とはいえ、ちょっと悲しかった。

事前に相談?出来るならしています。

僕に殺気立つあなたを見て「あなたが原因の一つだから・・・」

と相談出来ますか?

支社に戻って支社長に退職の意思を報告しにいくときも、彼は

僕を見て笑顔だった。

この状況で笑顔?やっぱり僕が「去ってほしい人」だから?

直属の部下として理由の一つでも聞いてくれるのかと思ったけど・・・。

今年入ってきた新人には優しく接しているようだし、僕は相当気に

いらなかったんですね、やっぱり。

まあいいや。あの人のことはもう忘れよう。

そして退職の意思を支社長、支社の皆さんに伝え、荷物も整理して

実家へ移った。

この頃には公務員試験勉強をもう始めていたのですが、その話は

次にでも。

※ネガティブな話ばっかりですいません。不快に思われる方も

いらっしゃるかもしれません。でも、自分自身のけじめとして、

思っていたことは文章にして残しておきたいと思うし、読んでくれる

方にも僕の思いを知っていただきたいと思い、敢えて載せています。

何卒ご了承ください。

2月~バレンタインデー~

●2月

バレンタインデー。営業職員さんからたくさんチョコをもらう。

やはり、もらうと嬉しい。

久しぶりにいい日になると思った。


この日は9時まで残業。まあいつも通り。

先輩は用があって帰り、会社には僕と直属の上司の2人だけ。

しかし、その上司の様子がおかしい。

いつもネチネチやってきて(僕に対して尋常とは思えないほど)

そのせいで精神的に病んだこともあったが、この日は違った。

明らかに、殺気立っている。

2人きりになっているときに延々とネチネチやられることは

よくあっても、こんな上司の姿は初めて見た。

2人きりになったら、殺される。本気でそう思った。


9時になって、会社閉めるリミットだしそろそろ帰れると思った。

今日中に絶対やらなければならないという仕事も残っていない。

そう思っていた時だった。

上司:「お前さ、○○の仕事やったか?」

僕:「はい、仕上げておきましたが・・・(別に、急ぎの仕事ではないはず)」

上司:「ちょっと見せてみろ」

仕事を見せる。

上司:「ここは、こうでこうでこうだろ!早く直せ!」


嫌な予感が的中した。

邪推かもしれないが、9時で帰すつもりはなかったのだろう。

その後も、今日やらなくてもいい仕事を振ってくる上司。

「まだ出来ないのか~。いつになったら出来るんだ!」

もはや、ここまでくると単なるイジメだろう。


極めつけは、コピーを1枚取ろうとした瞬間。上司はこう怒鳴った。

「バカ!コピーなんて取らなくていい!経費の無駄使いだ!

俺が所長やってたころは裏紙を(コピー用紙として)使ってたぞ!」

いつも会議で無駄な資料を作成させてるのはどこの誰だ。狂ってる。


他にもいろいろあったが、もう書きたくない。

確かに、あと1年我慢すればこの人とは離れられる。

でも、その時の自分は心身健康な自分でいられるだろうか。

支社長に訴えるという手もある。しかし、この上司を買っている支社長は

この上司を支社に置いておくだろう。

1年目の自分が支社を出るということはまだ考えられない。


とりあえず、この人と距離を置こう。

また病気になったら悔やんでも悔やみきれない。

そう決意し、次の週から病欠という名目で1ヶ月休みをもらうことにした。


人生の転機となったバレンタインデー。

ごあいさつ

久しぶりにひっそり更新してみます。

前の投稿から半年が経つんですね。

もはや、見ている人なんて殆どいないんでしょうね。。。


実は放置しすぎてこのブログの存在を忘れかけていました。

今日、ブックマークを見ていて、ふと思い出しました。

今日はこの半年間の区切りの日になったので、いろいろ

書いてみようかな。


結果から言うと、前職を辞めて公務員試験を受験、そして

川崎市役所で働くことになりました。

今日、最終合格(=採用)の知らせを受けました。

今日で、僕の公務員試験は終わりです。


これから、この半年間を振り返ってみようと思います。


生き生きといこう、この場所からは。

「どうでもいいですよ」

1週間7時出勤しました。

意外に朝はすがすがしく過ごせました。

これからも7時出勤しよう。積極的にね。


朝早く来ると、掃除のおばちゃんにいたく喜ばれ、ジョージアグランデ

くれました。

このおばちゃん、いつも7時20分くらいに来るツワモノ。

7時45分とかに「悠長に」来ると、「もっと早く来られないかねぇ~」とグチ

られるのです。

支社は何故このおばちゃんに予め鍵を渡さないのかと激しく疑問に思う

のですが、きっとそれはオートロックが開けられないからだ、と勝手に

想像して納得しています。


さて、今週はタイトルにもある通り、どうでもいいことに付き合わされる1週間。

会社勤めしてる方はわかるかもしれませんが、領収証を精算するのは実に

難しいことなのです。

某サークルでは簡単に領収証が精算出来たような気がするのですが、あの

感覚で領収証を店からもらってくると間違いなくアウト。


領収証には、

会社の名前・金額を書かなければいけないのは当然として、

買ったものの名前・個数・単価まで全て正確に書かれていなければ

ならないのです。(よって、「品代」は不可。)

レシートが貰えればまだマシですが、もらえないところがあって、そこが曲者。

せっまいスペースに名前・単価・個数を全て書かないといけないのですから。

当然、加筆修正などは許されるものではなく、狭いスペースに全てを

書ききるというハイレベルなテクニックを店員に要求することになります。


で、不備だとどうなるか。

「もらい直してきてください」

泣きついても何ともなりません。

たとえ、領収証の中の1文字でも間違いがあろうものなら、即もらい直し。

あ、もちろん、1文字でも重ね書きがあると、やっぱりもらい直し。

ていうか・・・



1文字くらい、どーでもよくねー??



不正をなくしたり、ちゃんとお金の管理をしたりするために厳格にするのは

理解できるけど、1文字くらいで書き直しさせる意味がわからない。

検査で引っかかるからか?

不正がないことくらい、人間の目で見れば明らかでしょ。

事務の人って、やっぱり事務的にしか出来ないのかな・・・って思ってしまう。



ちなみに、今週は同じ領収証で2度もらい直しを命じられました。

1度目は品物が1つ抜けていて、

2度目は1文字が重ね書きになってアウト。(←まさかダメだとは思わなかった)


ほんと、どうでもいい・・・。